スラブ民族と、ウクライナ、ロシアとの関係を知ろう!

スパシーバ!!ロシアのモスクアの始まりは、モンゴル帝国に支配されたから?

ウクライナ、ロシアの混血の歴史はどうやって始まったのか?

ロシア帝国ですが、最初はあんな巨大な国ではありませんでした。

そもそもは、モスクワ公国といって、モスクワの周辺を納めていた小さな国でした。

 

なぜ小さなモスクワ公国があそこまで領土を広げることが出来たのか?

それは現ロシアがモンゴル帝国の支配下に入った時、もっともモンゴルに協力的だったのがモスクワだったからです。

徴税の請負人として次第に力を増し、各地域に影響力をもつようになりました。

そしてこの時、モスクワ大公は200年にわたり、代々チンギスハーンの血を引くモンゴル人の妻をもらっています。ここでモンゴル人と混血しました。

 

スラブ人とは?

スラブ人は中欧・東欧に居住し、インド・ヨーロッパ語族スラヴ語派に属する言語を話す諸民族集団で、ひとつの民族を指すのではないのです。

本来は言語学的な分類であるということです。

東スラヴ人ウクライナ人ベラルーシ人ロシア人
西スラヴ人スロバキア人チェコ人ポーランド人
南スラヴ人クロアチア人セルビア人ブルガリア人など)

に分けられ、言語の共通性があり、特に西スラヴ東スラヴは時により、北スラヴと分類されることがあります。

スラヴという国があったのではなく、スラヴという民族を表わしているわけでもなく、スラヴ語という言語を話す人たち、ということになるでしょうか

スラヴ人が多数派を形成する地域

スラブ民族について

スラヴ人の多くはコーカソイド人種の特徴を持つ。原住地はカルパチア山脈周辺と推定。スキタイ人やサルマタイ人吸収同化して同一の言語集団として成立

その後ヨーロッパ各地へと移住する過程で6、7世紀頃まで、言語としてある程度の一体性を持っていた。(上の図)

次第に東スラヴ人西スラヴ人南スラヴ人といった緩やかなまとまりから、さらに各地のスラヴ民族を多数派とする集団へと分化。

・ユーラシア大陸の「イラン系」・・ 遊牧騎馬民族サルマタイ
・「トルコ・モンゴル系」・・・・・・ フン族
・「ゲルマン系一部族ゴート族」・・・・多民族から成り立っている、

(東欧やシベリアは後に モンゴル・イラン・トルコ系アヴァールハーン)や
モンゴロイドの「ブルガール人」が定住)

ハーンの侵攻からゲルマン民族が撤退後の土地に定住。

移住先では元々の在来の住民と混血する形で言語的にも文化的にも、ネイティブと同化しつつ、発展していく。

 

  • トルコ系

特にトルコの支配を受けた南スラヴ人は、スラヴ人の移住以前からのバルカン半島の要素と、オリエンタル地域に由来する文化も持ち合わせている。

  • ブルガリア系

「ブルガリア」の名前は中世のテュルク系遊牧民であったブルガール人に由来。ブルガール人は彼らが支配するドナウ・ブルガール・ハン国多数派であったスラヴ人と同化してブルガリア人となった。

  • ドイツ系

一方、西ヨーロッパにおいても少数ながらスラヴ民族が現在も住居している。特にドイツ東部においては、古来よりポーランドとの国境付近にはドイツ人とポーランド人との混血集団であるシレジア人を始め、エルベ川東部にもスラヴ系集団が住居し、現代に至るまでドイツ人との間で複雑な相克の歴史を持つ。

現在もドイツ東部にはソルブ人が住居している。

また中世以来の古い家系でありながらスラブ系やスラブ系由来の姓を持っているドイツ人は多数いる。

 

近代から現在

実は、近代以降はカナダに大量のスラヴ人が移住している。

彼らは英語化し、もとの母語であるスラヴ語を失っているものの、カナダ最大の民族はアングロサクソンではなくウクライナ人やポーランド人を基幹とするスラヴ人であるとされる。

また、シカゴを含むアメリカのイリノイ州の住民は圧倒的にスラヴ系が多い。

 

ロシアとの関係

なお、スラヴ人の中で最大の民族集団であるロシアの語源については、いくつか説はあるが、現代のウクライナの首都キエフを中心としたキエフ大公国の正式国号「ルーシ」からとられたとも言われている。

この「ルーシ」をギリシャ語読みすると「ロシア」となる。

本来、地理的にキーフルーシがルーシ(ロシア)の名を引き継ぐべきところであるが、歴史的にモンゴル支配以降、急速に台頭してきた新興国家モスクワ公国(キーフルーシの一構成国でのちにロシア帝国となる)に「ロシア」の主導権を握られた。

ウクライナ

なお、キーフルーシはその後ロシア帝国の一構成集団として取り込まれていった後、ウクライナとして現代ロシアとは別の国家として存続している。

〈そのため、ウクライナ人の中には、これらの歴史的経緯から、ウクライナ人とロシア人は同じスラヴ民族であり、近隣同士の間柄としてともに歩んできたものの、ロシア人とウクライナ人とは一線を画している、とする論調が存在し、それが両民族の間にさまざまな軋轢をもたらしている〉

なお、ウクライナ人自身も長い歴史の中でゴート人ノルマン人スキタイ人そして東スラヴ人との混血によって形成された民族集団である。

ロシア

ロシアについては、歴史的に民族の行き交う十字路に位置しており、
古来スキタイ人やサルマティア人フン人そしてハザール人を始めとする遊牧民族、
中世ではモンゴル人タタール人等による支配を経験している。

その後:ロシアが領土を中央アジアからシベリア極東方面へ大きく拡大し周辺の諸民族を征服する過程で、これらの民族と言語的、文化的に混交、同化していったことから、
ロシア人はコーカソイドを基調としながらも、東へ向かうにつれてモンゴロイド人種の特徴を含む人々も見られ、人種的に相当なばらつきがあるといわれている。

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